2012年5月11日(金)
前回、ポール・オースターの『ムーン・パレス』について書ききれなかったので、もう少し続けてみたい。
最後まで読み終えた後、もう一度冒頭に戻ってみて、最初の10行ちょっとにこの本の内容が要約してあることに、あらためて気づいた。
「それは人類がはじめて月を歩いた夏だった。そのころ僕はまだひどく若かったが、未来というものが自分にあるとは思えなかった。僕は危険な生き方をしてみたかった。とことん行けるところまで自分を追いつめていって、行きついた先で何が起きるか見てみたかった。結果的に、僕は破滅の一歩手前まで行った。」それは「もうずっと昔のこと」だが、「自分の人生のはじまりとして記憶している」「あのころのこと」を回想する形で、『ムーン・パレス』は書き始められる。
この本では「
月」が一つのキー・ワードになっている。
冒頭の「人類がはじめて月を歩いた夏」は、アポロ11号が月面着陸して、アームストロング船長が人類史上最初の一歩を月面に記した1969年のことである。
ニューヨークのコロンビア大学に通う主人公のマーコ・フォッグは、2年生になって寮生活に見切りをつけ、アパートでの一人暮らしを始めるが、その部屋の窓から煌々と輝く中華料理店のネオンサインが見える。
そこに書かれている文字は、「
MOON PALACE」。
その文字を見て彼はすぐに、当時唯一の血縁であったビクター伯父さんとその楽団のことを思い出す。
伯父はクリーブランド交響楽団のクラリネット奏者として有望なスタートを切ったが、その後格下の楽団を転々と渡り歩き、今は「
ムーン・メン」というバンドの一員として西部を旅していた。
そして、この前に所属していたのが、「
ムーンライト・ムーズ」というバンドだった。
どちらも「月」に関係する名前だ。
その伯父が旅先で急死し、この世界に一人取り残されたような絶望を感じた主人公は、「自分がなすべき何かとは何もしないことである」というニヒリズムに到達し、「来たるべき破滅」まで極貧の生活を続ける決心をする。
やがてその生活にも行き詰まる日が訪れる。
自虐的になった彼はレストラン「ムーン・パレス」で豪勢な食事をし、その翌日ついにアパートを追い出されることになる。
荷物といえば、ナップザックに入ったわずかな小物と、伯父の残したクラリネットの入ったケースだけだった。
前回も書いたが、行き場がなくなってセントラルパークで暮らすようになり、空腹と病気と暴風雨に痛めつけられて生死の境を彷徨していた彼を助けたのが、学友ジンマーと中国人の美少女キティだった。
キティの献身的な看病のお陰でやっと回復した彼は、彼女と愛し合うようになる。
そしてジンマーから回してもらった翻訳のアルバイトを完成させてその収入を手にした彼は、二人といっしょに「ムーン・パレス」で食事をする。
食後の「占いクッキー」で、彼のクッキーに入っていた占いの言葉は次のようなものだった。
「太陽は過去であり、地球は現在であり、月は未来である」この後、大学の学生課で彼が見つけた仕事は、盲目で車椅子のトマス・エフィングという偏屈な老人の命令に従うことであった。
彼は老人の家に住み込み、老人に指定された本の朗読を聞かせ、老人を散歩に連れて行った。
老人の話を聞き、老人の自伝を口述筆記した。
老人がかつて知り合いであったという異色画家ラルフ・ブレイクロックの話も聞かされる。
未開拓の西部を旅し、晩年は精神に異常をきたして病院で一生を終えた画家だが、そのラルフに「
月光」という作品がある。
老人は、ブルックリン美術館に展示されている「月光」を見てくるように彼に命令する。
彼は、青みがかった白い光を発する丸い月を描いた、その瞑想的な作品に「何かを発見した」ような思いを抱く。
「月」の話だけで長くなってしまった。
主人公マーコ・フォッグは、車椅子の老人トマス・エフィングの死を看取ることになり、その後老人の息子バーバーを探して、老人の生涯の記録と遺産を渡す。
そしてこの巨体のバーバーこそ、マーコの母親とかつて一夜を共にした相手の男だった。
マーコとバーバーは、老人が若い頃に旅した西部に向けて、その足跡を辿る旅に出るが、その途中に立ち寄ったマーコの母親の墓で、マーコはバーバーこそ自分の父親であるという衝撃的な事実を知ってしまう。
動揺したマーコに迫られて、バーバーは新しく掘られていた墓穴に落ちてしまい、運悪く脊髄を損傷したバーバーは、それが原因で、2ヶ月後病院で死んでしまった。
マーコにとっては、偶然に出会うことになった祖父と父親を失ったことになる。
取り残されたような気持ちになった彼はキティに電話をする。
しかし、キティの気持ちはすでに彼から離れてしまっていた。
それはこれ以前の話になるが、マーコの子供を宿しながら堕胎手術を受けたキティの心の傷が原因だった。
再び一人ぼっちになってしまった彼は、何も考えられぬまま、ただひたすら西部を目指す旅をたどることにした。
広大な平原の果てまで車をとばし、老人の冒険談にあったユタ州の町までやって来たが、車と大金を盗まれてしまう。
彼は歩き出した。
我が身に起きた出来事に怒り、憤慨しながら、ひたすら歩き続けた。
やがて怒りは燃え尽き、それと入れ替わりに幸福感が募ってきた。
1972年1月6日、ついに彼は太平洋の見える浜辺に到達した。
「僕は世界の果てに来たのだ。この向こうにはもう空と波しかない。そのまま中国の岸辺まで広がる、空っぽの空間があるだけだ。ここから僕ははじめるのだ、と僕は心のうちで言った。ここから僕の人生がはじまるのだ、と。」
「やがて、丘の向こうから月が上った。満月の、焼け石のように丸く黄色い月だった。夜空に上っていく月に僕はじっと視線を注ぎ、それが闇のなかにみずからの場を見出すまで目を離さなかった。」